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名古屋地方裁判所 昭和34年(ワ)590号 判決 1963年1月26日

原告 久喜聖子

右法定代理人親権者父 久喜機円

同 母 久喜トシ

原告 久喜機円

右原告両名訴訟代理人弁護士 大畑政盛

被告 田中節子

同 田中功

右被告両名訴訟代理人弁護士 滝沢孝行

主文

被告両名は、連帯して、原告久喜聖子に対し金二十万円、原告久喜機円に対し金五万円、及び右各金員に対する昭和三十四年四月十日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告両名のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、被告両名の連帯負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、証人安間哲文の証言によつて真正に成立したと認める甲第三号証に、証人大倉ちゑ子≪中略≫を綜合すれば、原告久喜聖子は、昭和三十年五月一日午後二時過ぎ頃、名古屋市南区呼続町六丁目一番地所在の長楽寺の正門南側の石垣前において、近くで遊んでいた被告両名の長男田中清彦の投げた瓦の破片様のものが右眼に命中したため、右眼角膜破裂、虹彩脱出、前房出血の傷害を受け、同日午後四時頃、同原告の母訴外久喜トシに連れられて同市中区小林町二十番地の安間哲文眼科医院に入院し、脱出虹彩の切除術を受けるなどして、翌二日退院したのちも昭和三十四年七月頃まで同医院に通院加療に努め、なお、その間昭和三十年六月頃名古屋大学医学部眼科、同年十一月頃には静岡県の小川眼科医院においても加療したが、右眼は、現在角膜片雲、角膜の変性、人工的部分的虹彩欠損症、残留白内障、瞳孔偏位、虹彩前後癒着症があり、視力は眼前二十糎で手動を弁ずる程度で全く失明同様の状態となつていて、視力がこれ以上回復する見込がないことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない、そして、原告聖子の右受傷当時、同原告が年令三年一月、清彦が年令三年四月の幼児であつたことは、当事者間に争いがない。

なお、被告両名は、原告聖子の受傷は清彦の行為によるものではない旨争つているところ、本件においては、同原告が受傷するのを直接目撃した人証がなく、同原告本人尋問の結果は、年令七年の児童となつている同原告に対して、年令三年一月の幼児当時における体験の供述を求めたものであり、これをそのまま信用して事実認定の資料とすることはできないけれども、前掲各証拠を綜合すれば、昭和三十年五月一日午後一時過ぎ頃、長楽寺の住職(原告聖子の父原告機円の兄)の妻訴外久喜綾子が所用で外出する際、同寺の正門前附近で原告聖子や清彦ほか三名位の幼児が石などを投げ合つて遊んでおり、その半時間位後に右綾子が帰宅する際にも、右幼児達は同様に遊んでいたので、同女が大声で叱つて注意したところ、幼児達は逃げ去つたが、その際には原告聖子は未だ受傷していなかつたこと、その後程なくして、長楽寺正門の向い側に住む訴外大倉ちゑ子が子守のため戸外に出ようとして玄関の戸を開けた際には、原告聖子は同寺正門南側の石垣の前に両手を顔にあてて泣いているような恰好で屈み、その南側の少し離れた所に清彦が相対して立ち、他の二、三名の幼児達は石垣の後側にいたこと、その後間もなくして、同日午後二時過ぎ頃、原告聖子の母訴外久喜トシは、原告聖子が泣きながら同寺境内にある住宅に帰つて来るのに気付いたので、どうしたのか尋ねたところ、同原告は「きよ君」の投げた瓦の破片が眼に当つて痛い旨答え、石垣前にあつた瓦の破片を指示したこと、当時、原告聖子は、言葉も割合はつきりし、清彦と時々遊び同人を「きよ君」と呼んでいたこと、そこで、右トシは、翌二日原告聖子が安間眼科医院を退院したのち、隣人の訴外神戸福蔵に対して、原告聖子が清彦の投げた瓦の破片で右眼を怪我した旨告げたところ、同訴外人においてこのことを被告らに話したので、被告らは、同月四日頃原告聖子の見舞をし、その後原告機円に対し安間眼科医院での入院費治療費合計三万一千五百十円を支払つたことが認められたので、これらの事実に、経験則上明らかな年令三年四月位の幼児でも遊びの際石ころなどを投げることがあること、年令三月一月位の幼児でも隣人や遊び友達の名前を記憶していて単純な出来事であればその直後には誰がしたかを比較的正確に答えるものであることを考え併せると、動機、原因、経緯等の詳細な認定は困難であるが、少くとも前記のように原告聖子は清彦の投げた瓦の破片様のものが右眼に命中したために傷害を受けたものであると認定できるのである。

二、そして、前記清彦が瓦の破片様のものを投げて近くにいた原告聖子に傷害を負わせたことは、もし加害者たる清彦が通常人であるとすれば、少くともその過失によるものとして、当然法律上の責任を負わなければならない場合に該当するといえるが、清彦は前記のように当時年令三年四月の幼児であつたのであるから、当時自己の加害行為についてはその法律上の責任を弁識するに足るべき知能を具えていなかつたものと認むべきである。

すると、清彦の父母で親権者たる被告両名は、清彦を監督すべき法定の義務あるものとして、同人が原告聖子に負わせた傷害の結果同原告やその親権者の蒙つた精神的損害、財産上の損害を連帯して賠償すべき義務があるといわなければならない。

被告両名は、被告節子の母訴外田中さつに対して清彦を監督させていて監督義務者としての義務を怠らなかつたので損害賠償の責任はない旨主張するが、右訴外人に清彦を監督させていたというだけでは、被告両名の右責任免除の理由とはならないし(しかも本件事故当時訴外田中さつが清彦を監督していたとは証拠上認められない)、他に被告両名が監督義務を怠らなかつたことの証拠はないから、被告両名は右賠償義務を免れない。

三、そこで、賠償額について判断する。

(一)  まず、原告聖子が右眼に傷害を受けて全く失明同様の状態となつたことにより精神上多大の苦痛を受けていることは明らかであるから、その慰藉料の額について検討するに、成立に争いのない甲第四ないし第六号証≪中略≫を綜合すれば、原告聖子は、本件事故発生前は左右両眼とも視力正常な女児であつたが、現在では前記認定のように右眼が全く失明同様の状態となつているだけでなく、角膜片雲、角膜の変性、人工的部分的虹彩欠損症等があり、手術等によつても視力の回復は望めないこと、ただ幸にも、原告聖子は、片眼失明後の慣れのため片眼に傷害を受けたことによる運動能力の減退はあまり認められず、現在、同年令の女児と対比して運動能力は劣ることなくよい成績であり、わずかに球技等をする場合に消極的行動をするにとどまること、本件事故発生当時、現場には原告聖子や清彦らの幼児のみ遊んでいて、これを見守る者が全くなかつたこと、それで、前記のように被告両名に監督義務の懈怠があつたばかりでなく、原告聖子の親権者である原告機円及び訴外久喜トシにおいても、同義務を尽していたとはいえず、本件事故については幾分の過失があつたものといわなければならないこと、原告機円は、僧侶であつて経済的にあまり裕福な生活をしているとはいえないこと、被告両名は、名古屋市西区堀越町所在の東洋レイヨン株式会社内に店舗を設け使用人二名を雇つて写真機の販売、写真の現像、焼付等の営業をし、現住所には被告節子所有名義の木造瓦葺平家建建坪三十三坪があり、自家用自動車や電話加入権をも有していること、被告両名は、清彦が原告聖子に傷害を負わせた旨を聞き知るや、その見舞をしたうえ安間眼科医院での入院費、治療費合計三万一千五百十円をすでに支払つたことが認められ、これらの事実と前記認定の各事実及びその他証拠上認められる諸般の事情を考慮すれば、原告聖子が蒙つた精神上の苦痛は、被告両名より金二十万円の支払を受けることによつて慰藉されるものと認めるのが相当である。

なお、被告両名は、原告聖子やその親権者にも過失があるので賠償額の算定につき斟酌さるべきである旨主張するが、前記のように原告聖子は本件事故当時年令三年一月の幼時であつて社会通念上その行為の責任を弁識するに足るべき程度の知能を備えていたとは認められないので、同原告の過失を論ずる余地はない。しかし、法定の監督義務者である親権者の過失は、右のように責任能力を有しない被害者自身が損害賠償請求をする場合でも、その慰藉料の額を定めるにつき考慮すべき諸般の事情の一つとして斟酌することができるものと解されるので、前記のようにこれを斟酌したうえで慰藉料額を定めた次第である。

(二)  次に、原告兼原告聖子法定代理人久喜機円本人尋問の結果及びこれによつて真正に成立したと認める甲第七号証によれば、原告機円は、原告聖子が受傷したため、安間眼科医院での入院費、治療費として合計三万一千五百十円を支出し、被告らよりその賠償を受けたが、その他に、右医院へ通院のための交通費として七千五百七十円、原告聖子の栄養費として細川医院での注射代一万四千円、栄養剤の代金一万八千七百五十円、牛乳卵等の栄養副食代五万円(原告機円本人は、この栄養副食代として昭和三十年五月一日から昭和三十三年十二月末日まで一ヶ月金二千円宛を要した旨供述するが、この供述だけでは右金額を肯認し難く、諸般の事情を勘案してその額は金五万円を相当とする)を支出したことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。なお、原告機円は、付添日当をも支出した旨主張し、同原告本人尋問の結果によると、同原告の主張する付添日当というのは一万五十円であるが、これは同原告が現実に付添人や妻久喜トシに対して支給したものではなく単に計算上の金額であることが認められるので、原告機円が支出したことにより蒙つた損害ということができない。

そうすると、原告聖子が受傷したために蒙つた原告機円の財産上の損害は、金八万三百二十円と認めるのが相当である。

そこで、被告両名は、原告側にも過失があるから賠償額の算定につき斟酌されるべきである旨主張するので、この点について検討するに、前記のように原告聖子の過失を論ずる余地はないけれども、本件事故発生原因については、前記認定のように原告聖子の親権者たる原告機円及び訴外久喜トシにおいても、監督義務を怠つた幾分の過失があつたといわなければならないので、これを斟酌し、原告機円の右損害額を金五万円に減額するのが相当である。

四、よつて、原告両名の本訴請求は、原告聖子が被告両名に対し慰藉料金二十万円及びこれに対する本件訴状が被告両名に送達された日の翌日であること記録上明らかな昭和三十四年四月十日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める部分、原告機円が被告両名に対し財産上の損害金五万円及びこれに対する右と同じく昭和三十四年四月十日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める部分は、正当であるからこれを認容するが、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条、第九十三条を適用し、なお仮執行の宣言は相当でないのでその申立を却下することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 竪山真一)

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